29年間の母親業を振り返る、主婦のたわごと

24歳で産んだ長女の結婚をきっかけに、自分の育児を振り返ってみようと思った。

おかあさん、ばーばになるの巻

長女が出産をした。

3日間苦しんだ、大変なお産だった

生まれてきたのは2950gのかわいい女の子

まーちゃん😍

 

次女がやっと小学校を卒業し、子育てからすこし解放される

また子育てやだな〜なんて思っていた

 

生まれたての赤ちゃん見たら、そんなきもは吹っ飛び、愛おしい気持ちが溢れてきた

ただいるだけで、ほんとにただいるだけで幸せでかわいい😍

 

ほんとはこの気持ちがずっと続くことが望ましい子育てなんだろうな

って思い出した

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まーちゃん健やかに育っておくれー

#生まれたて #ばーばになる #幸せいっぱい

#ただいるだけ #かわいい😍 #初孫

 

卒業式

先週次女チャッピーが小学校を卒業した。

幼稚園から大学までの一貫校に通っていて、今年で丸9年経った

 

正門にいる守衛さんに挨拶をして校舎へ行く

そのときに必ず

「おはようチャッピー!今日はねぼうか?

いつもより遅いぞ」

小学校の敷地にはまた守衛さんがいて

「あれ、今日はみーちゃんといっしよじゃない  の?さてはバス乗り遅れたな」

なんて毎朝みんなに話しかけてくれる

そんな朝からスタートする

 

1、2年と、3年から6年までクラス替えがない。まあ、この四年間大変なクラスでよく問題を起こし、先生方を手こずらせていた。

 

個性が溢れる子が多く、ひとり怒りがコントロールできない子がいた。授業をストップさせてしまうことも多く厄介者になっていた

 

ある時五年生くらいかな、娘と友達にクラスはどうなのか尋ねたことがあった

 

するとその子は怒りがコントロールできないけど、以前よりも我慢できるようになった。

怒らなければ、すっごくいい子なんだ。と教えくれた。

 

卒業式の後にクラスで解散式があり、ひとりひとりスピーチをした

その彼はこう言った

「僕は怒りのコントロールがうまくできなくてみんなに迷惑をいっぱいかけました。

それでも仲間外れにしないで仲良くしてくれてありがとう。」

 

その言葉にみんなが涙した。

 

その後の卒業パーティーでは余興ではなく、自然と、みんなが集まり休み時間に作ったという創作ダンスを踊りだした。メンバーをみると

色々なタイプが混じり合って踊っている

 

そんな姿をみて帰りの車の中で娘と色々話した。

 

「いろいろな性格の子がいて、嫌な思いもしたけど、良いところ悪いところ全部ひっくるめてみんなを好きだよ、みんながそう思っている

サイコーなクラスだよ」

 

学校なんて行きたくない、先生嫌いなんて言っていたときもあったけど、最後はこんな風に終われて嬉しかったな。

 

散歩やあそびの時間、舞踊、演劇の授業、

夏の学校、秋の学校、スキー学校などなど

勉強そっちのけでイベントが多い分、人と関わることが多い。四年間で知る悪い部分も受け入れられる深い関係が築け、素晴らしい友人恩師に恵まれたことが何より有難い

 

チャッピー卒業おめでとう

 

#祝卒業 #成城学園初等学校 #小学校生活

#最高のクラス

 

ミートソース

子どもたちにとってのお袋の味の一つがミートソース

 

 

合挽き、マッシュルーム、セロリ、玉ねぎ、にんにく、人参は必ず入れる。これに季節の緑の野菜、例えば、グリーンアスパラ、インゲン、ズッキーニ、ブロッコリーの茎など。あとはナスなどは夏に入れる。

 

このミートソースは何より夫の好物で、結婚してすぐの夕飯に出したらハマったらしい

 

娘たちも大好きで、必ず大鍋で作り小分けにして冷凍しておく

 

私が仕事で忙しく帰宅が遅くなるときやチビが学校から帰って陸上クラブに行く前にこれをチンして空腹を満たす

 

夫はやらた敏感でいちいちうるさい

たくさんの野菜を大量にしかも細かく刻まなければならないので、フードプロセッサーを購入して、作ってみた

 

一口食べて、こう言った

「いつものと違う、、」

 

「えっ?何でいつも通りに作ったよ。」

 

「いや、でも違う、なんか違う。どうやって作ったの?」

 

「フードプロセッサーで野菜を刻んで、、」

 

「それ!それだよ!

機械と人の手は全然違うんだよ!」

 

フードプロセッサーを使ったミートソースを一切食べなかった夫

 

餃子も私の得意料理の一つだから、具をプロセッサーを使ったら、

 

「これ、違う!」

と食べない、、、

 

いちいちめんどくさいヤツなのである

 

結局、フードプロセッサーは使わないので友人に上げてしまった

 

先日、ミートソースを作っている最中にものすごい腹痛に襲われ、作り終えられず、翌日の朝作ったが、出勤時間に、間に合わず、最後の味つけを娘に託した

 

電話で今夜の夕飯をきかれたので、

ミートソースよ、と伝える喜んで帰ってきたが、一口食べた瞬間、

 

「これ、違う!君の味じゃない!」

 

あー、始まった、、、

 

「チャッピーが味付けたんだよ」

 

「だからか、、、」

 

いつもなら要らないと言うのだが、娘の味つけと言うことで食べてくれた

 

ほんとに、いちいちめんどくさいヤツである

 

#ミートソース #お袋の味 #めんどくさい夫

 

 

 

 

なんだか嬉しい

フリーライターをしている長女から

母校のブログの中で娘について書いてくれたこと連絡があった。

幼稚園から高校まで一貫校だが、中高六年間だけお世話になり、卒業してから早10年、そんな長い時間が経っているのに彼女のことを書いてくれた。

 

キリスト教の学校だったが、全く厳しくなく、先生たちは娘の良さをそのまま潰さないで、多感な思春期を育ててくださった。

 

https://www.dominic.ed.jp/highschool/topics/001131.html

女子校だったこともあり、友人関係の難しさはあったし、悩み苦しむ時期も長かったと思う。

でも、その経験が社会人として人間関係をうまくやれているきっかけになっていると思う。

 

娘は学校が大好きで卒業してからもちょくちょく遊びに行っている。

 

私も通っていた高校が大好き、その当時の友人が今も一番付き合いが深い

 

学校って家庭の次に大切な生活の場

卒業してもなお、娘のことを覚えていてくれ、彼女の感性を認めてくれる学校に改めて感謝したい。

明けましておめでとう

新しい年を迎えた。

昨年は私にとって重く辛い一年だった。

ここ何年か小石を摘むような作業を繰り返し何も成果がなく、不毛の時間とさえ思った。

積んでは崩され、また摘む、また崩され、、

しかし、年末近くにラッキーな話が届いた

 

少し前向きになれるかな

そんな思いで新年を迎えた。

 

今年こそ、今までの積み重ねが花開く年にしたい。

サンタクロース

サンタクロース🎅

 


11月半ば過ぎくらいから、

 


「ママ~サンタクロースって本当にいるのかな?みんないないって言うの。

だってね、プレゼントの中にレシートが入ってたとか、パソコンにアマゾンの購入履歴を見つけたとか、引き出しから英語の手紙が出てきたとか学校で言ってるの」

 


「チャッピーはどうなの?」

 


「チャーはサンタクロースはいると思うんだけど、、、

ママじゃないよね~??😅」

 


そんな会話をしていた。

 


当日の夜私たちはスキーに行っていて東京には居なかった。

 


自宅以外にもサンタクロースが来るかもと期待をしていた娘であるが、朝起きたらプレゼントはなかった、、、

 


朝から友人たちからガンガンLINEが入ってくる、、

 


「さーちゃんはバックが届いたんだって、つよしはゲームソフト、

みーちゃんはスマホだよ!」

 


「何で私にはこないわけ!😤」

 


「もらった子たちはみーんなサンタクロースを信じてないって言ってたんだよ、、😅

 


あー、心が折れたよ😢」

 


朝からずっと文句を言っている(笑)

 


25日に自宅に戻った。

 


「疲れたから荷下ろしは後でいい?」

 


「いーよ。」

 


とはいいつ駐車場で荷物を降ろしていた私に

 


チャッピーの叫び声がー

 


「ママーーーーーー‼️」

 


「プレゼントが部屋にあったーー‼️」

 


「ママは私とずっとスキーしていたし、パパはプレゼントを買ってくるようなタイプじゃない!」

 


「やっぱりサンタクロースはいたんだね❣️」

 


チャッピー、🎅が来てくれて良かったね😊

 


#サンタクロース信じてる

#クリスマスプレゼント

#クリスマスイブ

 

オランダ ドイツ幼児教育の旅 1

日曜日からオランダに入り、今日はドイツのドルトムントにいる。

朝食を済ませ、コーヒーを飲んでいる。

 

アムステルダムでアンネフランクの家に行った。

 

アンネのことは小さい頃?小学生くらいだったかな、母にドイツにはヒットラーと言うすごく悪い人がいてユダヤ人をたくさん殺して、髪の毛をマットにしたら皮膚をランプにしたりそれはそれはひどいことをやった。と聞かされた。

 

そんな話はすっかりどこかへ行ってしまった18歳、留学先の文学の授業で映画を見ることになった。

 

題名はNight and fog

授業が始まる前に先生は気分が悪くなったら、出て行くのは自由です。

 

ナチスユダヤ人のドキュメンタリー映画だった。小さな頃母から聴いた話が蘇る、ぞっとしたのを覚えている

 

そんなことを思い出しながらアンネフランクの家入場の列に並んでいた

 

入ると通訳の機械を受け取り順路を進んで行くと当時の状況を物語る写真や書物、インタビューが出てくる。

隠れ家はお父さんの会社だった。

扉の前には本棚を置き、あたかも壁でその奥には何もないように見える。

昼間はトイレも流せない、物音も立てられない、従業員に気づかれてしまうからだ。

隠れ家にいることを知っているのは数人。知る人が多くなればなるほど見つかる確率は上がる。

 

彼女のはけ口は毎日ノートに気持ちをぶつけることだった。それが後に発見されたアンネの日記だ。

 

この中で彼らをかくまり秘密を必死で守った人が

 

助けられる立場にいるのなら喜んで助けようと思った。言っている。

 

見つかったら殺される

 

でも、仲間たちは最後まで物資を運び、彼らを匿った。

 

収容所で亡くならなかったのはアンネの父だけだった。

 

お父さんがこのアンネが書いた日記を世に送り出したそうだ。

 

私はまだ読んだことがないから、帰ったら読んでみたいと思う。

 

ヴィクトール・フランクフルト著

夜と霧では生き延びられた原点は愛だと書いてあった。

もう一度妻と子どもに会いたい、

愛する者に会いたいと言う思いが

自分を生かしたそうだ。

 

原書の中の残酷な表現をかなり削って日本語に訳されたようで、アンネの家での説明は残酷さを増していた。

 

12歳の少女がどんな思いであの本棚の向こうで声を潜めて生きていたのだろう

 

同じ娘がいる母親として胸が張り裂けるようだった

 

気づいたら涙がつーと流れていた

 

同じ人間があんなひどいことをする洗脳は恐ろしい

 

戦争が終わったいまでも人種差別は全く終わらない

 

世界のみんなが、心穏やかに過ごせる世になってほしいものだ

#オランダ

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