26年間の母親業を振り返る、主婦のたわごと

24歳で産んだ長女の結婚をきっかけに、自分の育児を振り返ってみようと思った。

邂逅その2

二人でご飯を食べにいった日に昔、私の実家で食べたロールキャベツが美味しかった。と何度も何度も彼が言うので、母にそれを伝えた。すると昔の友人に会えるのは嬉しいわね。

じゃあ、今度作って招待しましょう。と喜んでいた。

今までベールで隠していたと言うか所謂私たちの間ではタブーの話だったのだが、初めて母にやっとやっとの思いで、気持ちに整理がついたことを伝えられた。

新たな人生のスタートを切れたようで清々しい気分だ。

 

夫も私と彼とのいきさつ知っていて、彼と話したことや母の話をすると、私の話だけを聞いていた夫はなーんだ、お母さんは何も悪くないよ。と言い出した。事実は一つなのに、話し手が変わるとストーリーも変わる。何を事実とするのか?

しかし、この話には一つの嘘もない。

 

母との確執の原因になっていた26年前のこの出来事、雪解け間近か⁉︎笑

 

邂逅

26年ぶりに電車の中で昔お付き合いしていた彼にばったり会った。躊躇なく声をかけた。

その時は母もいっしょだった。電車の車両って10両もあって数分おきに行ったり来たりしているのにピンポイントでそこに乗り合わせたことが何ともミラクルである。私も滅多に電車の乗らない、彼も電車に乗るのは20年ぶりと言っていた。そして、その日は私のお誕生日に前日だった。

 

時空力という勉強会に昨年の秋に参加した。その時に自分の戻りたい過去へ手紙を書くというのがある。私と彼との別れはお互いの気持ちではなく、家の事情、系譜が原因で結婚できなかった。しかし、この時の私には真実は知らされず、親と彼とのやりとりのみで、もうあわせてもらえなかった電話もつなげてもらえなかった。そのあとも何年にもわたり彼は電話をくれたそうだが、私に繋がることはなかった。親から引き離された感があり、ずっとそれをひきずっていた。なので、その過去の自分へ手紙を何度も書いた。書いて行くうちに徐々に凝り固まった見方がかわり、その中で幸せや愛されたことを気づかされた。そのうちにこのままでは人生終えられないし、余生を引っかかりなく生きたいと思っていた。死ぬ前に彼に会ってちゃんと話したい、伝えたいことがあると改めて思っていた。それから約半年後の邂逅であった。

 

邂逅から数日後26年ぶりにご飯を食べに行った。タイムスリップ・・・26年にブランクは全く感じられずに、滝のように言葉があふれ、別れた後のお互いの人生を語った。

この時はじめて私は知らされなかった真実とやっと知ることができ、ずっと自分のせいだと思っていたことがそうではなかったと分かったのだった。ずっと背負ってきた重荷をやっとおろせるなと心底ほっとした。

別れてから自分のどこが悪かったのか、勝手に想像を巡らせ過去の自分に別れを告げ、私は新しい自分になろうとどんどん自分で自分の首を締めていた。すごく苦しかった。そんな話をすると、私は自分でダメ出しして直そうとがんばった部分こそが彼にとっての一番の魅力だったそうだ。25年間も窮屈な思いをしながら矯正していく必要はなかったんだ。

やっと本来の自分に戻ろうと思える日だった。

 

母は私のことを心配し、彼の電話のたびに怒っていたそうだ。親の愛情だったのかもしれないけど、ちゃんと自分で責任を取らせてほしかったとずっと思っていた。

悲願達成、やっとこの思いにたどり着けた。

 

そんな話をしているともうひとつ二人のその後の物語があるんだよと面白い話をきかせてくれたのだ・・・・

 

瞬足チャレンジ

本日、半年ぶりの陸上大会にチャッピーが出場。50m走も100m走も広い競技場なのに、カーブを走る。何でだろうと思っていたら、速く走れる靴瞬足が主催!

この瞬足と言う靴はカーブに強いそうだ。大会の意図を知ってたら、瞬足履いてきたのにな、、

チャッピーはナイキ!(笑)

来年は瞬足履いてリベンジ!f:id:sweetie-pie:20170312143102j:image

揺れる

今日は発熱、インフルエンザ疑惑で欠勤。ベットに横になってまもなく始まった。騒音、ひどい揺れ、、地震がずっと続いているような感じ

 

我が家の隣は省庁の社宅だったのだが、取り壊して公園と保育園になることになった。区からの公開説明は一回だけ。

もう決まったことだからと事後報告。

保育園も公園も必要だから良いと思う。でも、車の往来が激しくなるのは事実。全部保育園にやらせるのはおかしい。

いろいろな側面からもっと検討して欲しかった。

 

昼間は仕事に行っていて工事のことは全く気にならなかったけど、いざ平日に家にいるとこの揺れが酷いってことがわかった。

 

家が壊れるーー😰

 

具合悪くてもこんな環境じゃあ、休めないよ、、😭😭😭😭

 

普段、家にいるご老人の方々はさぞや心細い思いをされているんだなと思う。

 

あー、早く終わってほしい、、

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ふるさと

かれこれ30年も前の話

高校時代に英語が好きで勉強していたら、学校の先生から交換留学生の試験を受けてみたら?とすすめられた。

 

そんな経緯から交換留学生としてアメリカのオハイオ州クリーブランド近くの片田舎に一年間お世話になることになった。

 

そこでお世話になったホストファミリーとは今もお付き合いがある。

 

4月から転職した長女はストレスで円形脱毛症がはじまり、行き詰まりを感じているらしい。

 

「ママ、私ちょっと休暇とってオハイオ行ってくるわ。グランマとグランパに会いに行ってくるわ、、」とおとといに旅立った。

 

彼女が小4のクリスマス。一人で送り込んだ。それ以来彼女の中で彼らの存在はしっかり根付いているようだ。

長女は私が初めて訪ねた時の年齢をすっかり越えてしまっている。それも何だか不思議な感情、、

 

私は実母に恵まれず、父も早く亡くなったので父親のモデルが確立していないかったのだが、それも含めて本当の意味で愛すると言うことを彼らから教えてもらった。彼らとの出会いは私の人生を変えたと言っても過言ではない。

 

娘の渡米により、彼らへの恋しさが増した私は来年訪ねることにした。

 

彼らが元気なうちにありったけの感謝を伝えたい

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ゴルフ

早起きは嫌いじゃないんだけど、

ゴルフに行くための早起きはどうしても好きになれない😢

 

でも、ひとたびコースに出ると青々としたフェアウェイ、グリーンに心が解放される。

 

あー、来て良かった😄

ライバルだった娘はもうライバルでなくなり、近い将来は師匠と呼ぶだろう、笑

 

勝負にはならなくても娘に負けたくない気持ちはまだ残ってる

 

さてと、楽しもうーっと。f:id:sweetie-pie:20161015083921j:image

出す

おとといから風邪を引き珍しく発熱。仕事を早退した。病院に行っても感染症じゃないらしい。私は生まれてから発熱をした経験って数えるほど、多分インフルエンザと乳腺炎の計三回くらい。

だからって健康体なわけではなく、単に何があっても37度越えしないのだ。

それが、単なる風邪で37.4度、、、

何事だ⁉️とびっくり 笑

 

昨日はどうしても仕事をやすめず、ぼーとしながら出勤。その時に歯茎が腫れているのに気づいた。夕方歯医者に行ったら、歯肉炎で膿が溜まっていると言うので、切開して出してもらった。

 

ぼーとしている上に切開したところも痛かったのだけど、これだけでは終わらず、夜中に腹痛、動けないほどで痛すぎて声も出ない。そうしているうちに

今度は嘔吐、、まあこの数日次から次へと「出す」を徹底した。

そこに気づいた時にハッとなった。

私は数日前とある人物との揉め事をきっかけに自分の本音と建前のズレに気づき、これからは本音で生きて行こうと決めた直後だった。

 

いま、たまたまきっかけがあって、自分の内面を掘り下げ、心の大掃除をしているところだった。

自分なりに見つけた信念は

「本音で生きるときらわれる。」

だった。だから、がんばって人に合わせて自分の本音を抑えていることが多かった。本音で生きることに多大なる恐れがあった自分がいた。

なのでそれを

「本音で生きれば生きるほど愛される、仲間が増える」と書き直すことにした。

 

揉め事の相手にも訣別覚悟で自分の本音を伝えた。

 

でも、相手とは訣別なんてしないで普通にもとの関係に戻った。本音を伝えても大丈夫じゃない。って安心した。

 

その矢先にこの数々の「出す」という行為。

 

心と体って繋がってるんだな〜〜と実感したところ。

 

ホメオパシーのレメディーも後押ししてくれたような気がする。

 

目覚めると娘が梅干しとおかかのお粥を作って部屋まで運んできてくれた。

娘が具合が悪くなると必ず作ってやるおばあちゃま秘伝のお粥だ。

 

娘の優しさと梅干しの酸っぱさにほろりと涙がこぼれた、、

 

出し切って、本音で生きるぞー!

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